2025年7月07日

セロトニンは「幸せホルモン」として知られていますが、実は私たちの精神的健康に極めて重要な役割を果たしています。前回はセロトニンの多様な機能について解説しましたが、今回はセロトニン不足が引き起こす症状と、うつ病や不安障害などの精神疾患との関係について、実際の臨床例も交えながら詳しく見ていきます。
セロトニンは神経伝達物質として、気分の調整、睡眠、食欲、痛みの知覚など、生活の質に直結する多くの機能を調節しています。
うつ病の病態生理において、セロトニンは中心的な役割を果たしています。長年の研究により、うつ病患者では以下のセロトニン系の異常が観察されることが明らかになっています:
うつ病におけるセロトニン系の4つの異常
- セロトニン産生の低下:トリプトファン水酸化酵素活性の低下により、セロトニンの合成量が減少
- 受容体感受性の変化:5-HT1A受容体の機能低下により、セロトニンへの反応性が低下
- 再取り込み機能の亢進:SERT(セロトニントランスポーター)の過剰な活性
- 代謝の亢進:モノアミン酸化酵素(MAO)による分解促進
これらの異常により、シナプス間隙のセロトニン濃度が低下し、うつ症状が発現すると考えられています。実際、SSRIなどのセロトニン系抗うつ薬の有効性は、この理論を支持する重要な証拠となっています。
さらに詳しく知りたい方へ:
うつ病の症状や治療法について、より詳しい情報は「うつ病の診断と治療」のページをご覧ください。
不安障害においても、セロトニン系の機能異常が重要な役割を果たします。特に以下の脳領域でのセロトニン機能が関与しています:
脳領域 | 機能 | セロトニン不足の影響 |
扁桃体 | 恐怖と不安の処理中枢 | 過剰な恐怖反応、不安の増幅 |
海馬 | 記憶と情動の統合 | 不安記憶の固定化、回避行動の強化 |
前頭前皮質 | 認知的制御と判断 | 不安の制御困難、破局的思考 |
セロトニンレベルの低下は、これらの脳領域間の適切な情報伝達を阻害し、過度な不安や恐怖反応を引き起こす可能性があります。
強迫性障害は、セロトニン系の機能異常と強く関連する疾患の一つです。OCD患者では、以下の特徴が観察されます:
- 眼窩前頭皮質-線条体回路の異常:強迫観念と強迫行為の神経基盤
- セロトニン再取り込み阻害薬への良好な反応:SRIの有効性が70-80%
- セロトニン系遺伝子の多型:SERT遺伝子の変異との関連
身体的症状
セロトニン不足は、以下のような多様な身体症状を引き起こす可能性があります:
消化器症状
- 便秘や下痢などの便通異常
- 腹痛や腹部不快感
- 食欲不振または過食
- 吐き気や嘔吐
睡眠関連症状
- 入眠困難(不眠症)
- 早朝覚醒
- 睡眠の質の低下
- 日中の眠気と疲労感
疼痛関連症状
- 慢性頭痛や片頭痛
- 筋肉痛や関節痛
- 線維筋痛症様症状
- 疼痛閾値の低下
精神的症状
セロトニン不足による精神症状は、日常生活に深刻な影響を与える可能性があります:
気分症状
- 持続的な憂うつ感
- 不安や緊張感
- イライラしやすさ
- 感情の起伏が激しい
認知症状
- 集中力の低下
- 記憶力の減退
- 決断力の低下
- 思考力の低下
行動症状
- 社会的引きこもり
- 活動性の低下
- 興味や関心の喪失
- 自傷行為や希死念慮
以下の項目にいくつ当てはまりますか?
※5項目以上当てはまる場合は、セロトニン不足の可能性があります。専門医への相談をお勧めします。
うつ病患者への応用例
症例:35歳女性、中等度うつ病
治療経過
- 初期評価:HAM-D得点18点、重度の不眠
- 治療選択:エスシタロプラム10mg開始
- 経過観察:2週間後に不眠改善、4週間後に気分改善
- 維持療法:6ヶ月間継続後、漸減中止
セロトニン的視点での解釈
- SSRIによるセロトニン濃度上昇
- 睡眠パターンの正常化
- 気分調節機能の回復
不安障害患者への応用例
症例:28歳男性、全般性不安障害
治療戦略
- 薬物療法:パロキセチン20mg
- 認知行動療法:不安思考の修正
- 生活指導:運動習慣の確立
結果
- 不安症状の著明な改善
- 社会機能の回復
- QOLの向上
セロトニン不足は、身体的・精神的な多様な症状を引き起こし、うつ病や不安障害などの精神疾患の発症と密接に関連しています。これらの症状を理解することは、早期発見と適切な治療につながる重要な第一歩です。
実際の臨床例が示すように、セロトニン系に作用する治療により、多くの患者さんが症状の改善を経験しています。しかし、薬物療法だけでなく、生活習慣の改善も重要です。
セロトニン不足の改善には、薬物療法と生活習慣の改善の両輪が重要です。早期の気づきと適切な対処により、多くの症状は改善可能です。
次回予告:
次回は、セロトニンを自然に増やす方法について、食事、運動、光療法、瞑想などの具体的なアプローチを詳しく解説します。日常生活で実践できる方法を学びましょう。
【第1回】セロトニンとは何か?基礎知識を精神科医が解説
セロトニンの基本的な機能と役割について、わかりやすく解説します。
【第2回】セロトニンの効果と機能|睡眠・食欲・痛みへの影響を徹底解説
セロトニンが睡眠、食欲、痛みの知覚にどのように影響するかを詳しく解説します。
【第4回】セロトニンを増やす方法10選|食べ物・運動・生活習慣の改善法
日常生活で実践できるセロトニンを増やす具体的な方法を紹介します。
監修・執筆者
片山 渚 医師
五反田ストレスケアクリニック院長
- ✓ 精神保健指定医
- ✓ 日本医師会認定産業医
- ✓ 産業保健法務主任者(メンタルヘルス法務主任者)
- ✓ 健康経営アドバイザー
大学病院から民間病院まで幅広い臨床経験を活かし、患者さんが安心して治療を継続できるよう、わかりやすい情報提供を心がけています。
免責事項
本記事は一般的な情報提供を目的としており、特定の症状や状況に対する医学的アドバイスではありません。医療に関する決定は、必ず医師と相談の上で行ってください。本記事の情報に基づいて被ったいかなる損害についても、当院は責任を負いかねます。