2025年6月21日
はじめに
現代社会において、うつ病や不安障害などのメンタルヘルスの問題が深刻化する中、「セロトニン」という名前を耳にする機会が増えています。「幸せホルモン」や「幸せの化学物質」とも呼ばれるセロトニンは、私たちの気分や感情に大きな影響を与える重要な神経伝達物質です。
精神科医として日々患者さんと向き合う中で、セロトニンの理解は適切な治療を行う上で欠かせません。本記事では、セロトニンの基本的な仕組みから、健康への影響、そして日常生活での活用方法まで、科学的根拠に基づいて詳しく解説します。
セロトニンとは？基本的な理解
セロトニンの定義と基本情報
セロトニン（serotonin）は、化学的には5-ヒドロキシトリプタミン（5-HT）として知られる重要なモノアミン神経伝達物質です。この物質は、人体における様々な生理学的・心理学的プロセスの調節において中心的な役割を果たしています。
興味深い事実：
多くの人が「脳の化学物質」として認識しているセロトニンですが、実際には体内のセロトニンの約90%が消化管（胃腸）で産生され、脳で作られるのはわずか10%に過ぎません。しかし、この脳内の10%が、私たちの気分や感情、行動に極めて重要な影響を与えているのです。
セロトニンの歴史と発見
セロトニンは1933年にイタリアの薬理学者V. Erspamerによって初めて発見されました。(諸説あり）当初は血管収縮作用のある物質として注目されましたが、その後の研究により、神経伝達物質としての重要な機能が明らかになりました。
1950年代には、セロトニンが精神的な健康と深く関連していることが判明し、現在の精神医学における重要な治療ターゲットとしての地位を確立しました。
セロトニンの化学的性質と生成メカニズム
生合成経路の詳細
セロトニンの合成は、私たちが食事から摂取する必須アミノ酸であるトリプトファンから始まります。この複雑な生合成経路には、以下の2つの主要な酵素反応が関与しています：
- 第一段階：トリプトファン水酸化酵素（TPH）によるトリプトファンから5-ヒドロキシトリプトファン（5-HTP）への変換
- 第二段階：芳香族L-アミノ酸脱炭酸酵素（AADC）による5-HTPからセロトニンへの脱炭酸反応
この生合成経路は主に、脳内のセロトニン作動性ニューロンと消化管の腸クロム親和性細胞で行われます。トリプトファン水酸化酵素は律速酵素として機能し、セロトニン産生の調節において重要な役割を果たしています。
セロトニン受容体の多様性
合成されたセロトニンは小胞に貯蔵され、刺激に応じてシナプス間隙に放出されます。放出されたセロトニンは、体全体に分布する多数のセロトニン受容体（5-HT受容体）に結合して、その効果を発揮します。簡単に例えれば、ピッチャーが投げたセロトニンがキャッチャーに届くと効果が出現するイメージです。
現在までに、5-HT1から5-HT7まで7つの主要な受容体ファミリーが特定されており、さらにサブタイプも含めると15種類以上の受容体が存在します。
| 受容体タイプ | 主な機能 |
|---|---|
| 5-HT1A受容体 | 抗うつ・抗不安作用 |
| 5-HT2A受容体 | 幻覚作用、血小板凝集 |
| 5-HT3受容体 | 嘔吐反射、消化管運動 |
| 5-HT4受容体 | 記憶・学習、消化管運動促進 |
| 5-HT7受容体 | 概日リズム調節、記憶形成 |
セロトニントランスポーターの重要性
セロトニンの作用が終了すると、セロトニントランスポーター（SERT）によって再取り込みされ、再利用されます。このSERTは、グリコシル化やパルミトイル化などの翻訳後修飾を受けることで、その機能が調節されています。
特にグリコシル化は、SERTの細胞膜における発現を促進し、効果的なセロトニン再取り込みに重要な役割を果たします。この機能の調節異常は、うつ病などの気分障害の発症に関与する可能性があることが示されています。
よくある質問
セロトニンはどこで作られますか？
体内のセロトニンの約90%は消化管（胃腸）で産生され、脳で作られるのはわずか10%です。しかし、この脳内の10%が気分や感情に大きな影響を与えています。
セロトニンの原料は何ですか？
セロトニンは必須アミノ酸であるトリプトファンから合成されます。トリプトファンは食事から摂取する必要があり、肉類、魚類、大豆製品、乳製品などに多く含まれています。
セロトニン受容体にはどんな種類がありますか？
セロトニン受容体は5-HT1から5-HT7まで7つの主要なファミリーがあり、さらにサブタイプも含めると15種類以上存在します。それぞれが異なる機能を持ち、気分調節、睡眠、食欲、記憶などに関与しています。
まとめ
セロトニンは、私たちの心身の健康において極めて重要な役割を果たす神経伝達物質です。体内の90%は消化管で産生されますが、脳内のわずか10%が気分や感情に大きな影響を与えています。
トリプトファンから始まる複雑な生合成経路を経て作られ、多様な受容体を介して様々な生理機能を調節しています。
セロトニン完全ガイド シリーズ記事
- 【第1回】セロトニンとは何か？幸せホルモンの基礎知識を精神科医が解説（現在の記事）
- 【第2回】セロトニンの効果と機能｜睡眠・食欲・痛みへの影響を徹底解説
参考文献
- Berger, M., Gray, J. A., & Roth, B. L. (2009). The expanded biology of serotonin. Annual Review of Medicine, 60, 355-366.
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- Mohammad-Zadeh, L. F., Moses, L., & Gwaltney-Brant, S. M. (2008). Serotonin: a review. Journal of Veterinary Pharmacology and Therapeutics, 31(3), 187-199.
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- Boyer, E. W., & Shannon, M. (2005). The serotonin syndrome. New England Journal of Medicine, 352(11), 1112-1120.
- Meltzer, H. Y. (1999). The role of serotonin in antipsychotic drug action. Neuropsychopharmacology, 21(2), 106S-115S.
免責事項
本記事は教育・情報提供を目的としており、医学的アドバイスに代わるものではありません。症状がある場合は、必ず医療専門家にご相談ください。
監修・執筆者
片山 渚 医師
五反田ストレスケアクリニック院長
- 精神保健指定医
- 日本医師会認定産業医
- 産業保健法務主任者（メンタルヘルス法務主任者）
- 健康経営アドバイザー
大学病院から民間病院まで幅広い臨床経験を活かし、患者さんが安心して治療を継続できるよう、わかりやすい情報提供を心がけています。
