2025年12月01日

ドーパミン神経経路②黒質線条体系と漏斗下垂体系~運動とホルモン調節を司る経路~
前回は、報酬と認知に関わる中脳辺縁系と中脳皮質系について学びました。今回は、残りの2つの主要ドーパミン経路――黒質線条体系と漏斗下垂体系――について詳しく解説します。
これらの経路は、それぞれ運動制御とホルモン調節という、一見すると精神機能とは無関係に見える機能を担っています。しかし、精神科治療薬の副作用を理解する上で、これらの経路の知識は不可欠です。

黒質線条体系は、中脳の黒質緻密部から、背側線条体へと投射する経路です[1][2]。
経路:黒質緻密部(SNc)→ 背側線条体(被殻・尾状核)
黒質線条体系は、脳内ドーパミンの約80%を占める最大のドーパミン経路です。主な役割は運動の開始と制御です[2]。
黒質緻密部(SNc)は、中脳の黒質の背側部分に位置し、高密度のドーパミン神経細胞が集まっています[1]。
黒質の特徴:
- 「黒い」理由:ドーパミン神経細胞にニューロメラニンという黒い色素が蓄積しているため、肉眼で黒く見える
- 細胞数:片側約40万個のドーパミン神経細胞が存在
- 脆弱性:加齢や疾患で最も影響を受けやすい領域の一つ
豆知識:パーキンソン病では、この黒質の細胞が失われていくため、病理解剖で黒質の色が薄くなっているのが観察されます[1]。
背側線条体は、以下の2つの構造から成ります[2][6]:
- 被殻:主に運動の実行に関与
- 尾状核:運動の計画と認知的側面に関与
統合失調症では、この線条体のドーパミン機能に異常が見られることが報告されています。具体的には、線条体におけるドーパミン合成能の亢進や、ドーパミン放出の増加が観察されます[2][6]。
黒質線条体系は、大脳基底核の一部として、以下の運動機能を担っています[2]:
ドーパミンは、運動を「始める」信号として働きます。ドーパミンが不足すると、動作を開始するのが困難になります(無動)。
複数の筋肉を協調させ、スムーズな動きを可能にします。ドーパミン不足では、動きがぎこちなくなります(固縮)。
動作のスピードを適切に制御します。ドーパミン不足では、動作が遅くなります(動作緩慢)。
意図しない動きを抑えます。ドーパミンのバランスが崩れると、不随意運動(震えなど)が出現する可能性があります。
黒質線条体系のドーパミンは、「運動のアクセル」のような役割を果たしています。
例:コップに手を伸ばす動作を考えてみましょう。黒質線条体系のドーパミンが、「今だ!手を動かせ!」という信号を送り、さらに動きの速さや滑らかさを調整しています。
抗精神病薬など、ドーパミンをブロックする薬を使用すると、黒質線条体系のドーパミン伝達が遮断され、パーキンソン病に似た症状が出現することがあります[3]。これは錐体外路症状(EPS: Extrapyramidal Symptoms)と呼ばれる副作用の一つです。
薬剤性パーキンソニズムの特徴:
- 可逆性:薬を中止または減量すれば、通常は改善が期待できます
- 両側性:パーキンソン病は片側から始まることが多いですが、薬剤性は両側に出やすい傾向があります
- 安静時振戦が少ない:パーキンソン病に比べて振戦が目立たない傾向があります
抗精神病薬による錐体外路症状は、用量依存性があります。適切な用量調整や、より選択的な薬剤への変更により、症状の軽減が期待できます[3]。
漏斗下垂体系は、視床下部の弓状核から、下垂体の正中隆起へと投射する短い経路です。
経路:視床下部弓状核 → 正中隆起(下垂体門脈系)→ 下垂体前葉
漏斗下垂体系の主な役割は、プロラクチンというホルモンの分泌を抑制することです。
プロラクチンは、下垂体前葉から分泌されるホルモンで、主な働きは:
- 乳汁分泌:授乳期に乳腺を刺激して母乳を作る
- 生殖機能:性腺機能に影響(高すぎると月経不順や性機能障害が起こる可能性があります)
通常、ドーパミンは「プロラクチン抑制因子(PIF)」として働き、プロラクチンの過剰分泌を防いでいます。
つまり、ドーパミンは「ブレーキ」の役割を果たしています。
正常時:ドーパミンがプロラクチン分泌を適度に抑えている
ドーパミンブロック時:ブレーキが外れて、プロラクチンが過剰分泌される可能性があります
抗精神病薬などでドーパミンがブロックされると、プロラクチンが過剰分泌され、高プロラクチン血症が起こることがあります[3]。
女性の症状:
- 月経不順・無月経
- 乳汁分泌(授乳期でないのに母乳が出る)
- 不妊
- 性欲減退
男性の症状:
- 性欲減退
- 勃起障害(ED)
- 女性化乳房(まれ)
- 不妊
高プロラクチン血症は、抗精神病薬の副作用として比較的よく見られます。定期的な血液検査でプロラクチン値をモニタリングし、問題があれば薬の変更や追加治療を検討します[3]。
4つのドーパミン経路は、互いに独立しているようでいて、実は複雑に関連し合っています[2][5]。
| 経路名 | 起点→終点 | 主な機能 |
|---|---|---|
| 中脳辺縁系 | VTA → 側坐核 | 報酬・動機づけ |
| 中脳皮質系 | VTA → 前頭前皮質 | 認知・実行機能 |
| 黒質線条体系 | 黒質 → 背側線条体 | 運動制御 |
| 漏斗下垂体系 | 視床下部 → 下垂体 | ホルモン調節 |
統合失調症では、これら4つの経路のバランスが崩れていると考えられています[2][4][5]:
- 中脳辺縁系:↑過剰(幻覚・妄想などの陽性症状に関連)
- 中脳皮質系:↓不足(認知障害・陰性症状に関連)
- 黒質線条体系:通常は正常(しかし治療薬で影響を受ける)
- 漏斗下垂体系:通常は正常(しかし治療薬で影響を受ける)
この「ドーパミン仮説」は統合失調症の理解における重要な枠組みですが、実際の病態はより複雑であることが明らかになっています。グルタミン酸系やGABA系など、他の神経伝達物質系も重要な役割を果たしています[4][5][7]。
統合失調症の治療において、理想的な抗精神病薬は[3][7]:
- 中脳辺縁系:ブロックする(幻覚・妄想を改善)
- 中脳皮質系:ブロックしない、または適度に刺激(認知機能を保つ)
- 黒質線条体系:ブロックしない(運動障害を避ける)
- 漏斗下垂体系:ブロックしない(高プロラクチン血症を避ける)

従来型(定型)抗精神病薬(ハロペリドール、クロルプロマジンなど)は、ドーパミンD2受容体を強力かつ非選択的にブロックします[3]。
効果:
- 陽性症状(幻覚・妄想)の改善が期待できます
問題点:
- 錐体外路症状(EPS):黒質線条体系もブロックするため、パーキンソン症状が出現する可能性があります
- 高プロラクチン血症:漏斗下垂体系もブロックするため、性機能障害などが起こる可能性があります
- 陰性症状には効果が限定的:中脳皮質系もブロックするため、むしろ悪化させる可能性があります
非定型抗精神病薬(リスペリドン、オランザピン、クエチアピン、アリピプラゾールなど)は、より選択的な作用を持つとされています[3][7]。
利点:
- 錐体外路症状が少ない傾向(黒質線条体系への影響が少ない)
- 一部の薬では高プロラクチン血症が少ない傾向
- 陰性症状や認知症状にもある程度の効果が期待できます
問題点:
- 代謝系の副作用(体重増加、糖尿病、脂質異常症)のリスク
- 薬によっては依然として高プロラクチン血症が起こる可能性があります
「経路選択性」は完全ではありません。どの薬も、ある程度は4つすべての経路に影響します。治療では、効果と副作用のバランスを見ながら、個々の患者さんに最適な薬を選びます[3][7]。効果には個人差があるため、医師との十分な相談が重要です。
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五反田ストレスケアクリニック院長
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- ✓ 日本医師会認定産業医
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本記事は一般的な情報提供を目的としており、特定の症状や状況に対する医学的アドバイスではありません。医療に関する決定は、必ず医師と相談の上で行ってください。本記事の情報に基づいて被ったいかなる損害についても、当院は責任を負いかねます。
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